映像で渋谷のスクランブル交差点を行き交う人の流れを見ながら、なにげに井の頭線とJR渋谷駅を結ぶ通路にある岡本太郎さんの絵のことを思い出しました。
2008年に設置された大きな壁画ですが、近くを歩いていても大きすぎて絵として目に止まりにくいかもしれません。縦5.5m幅30mもあり赤や黒の色使いが強くおどろおどろしい印象を受けますが、離れて見るとひとつひとつのモチーフはのびのびしています。
「明日の神話」という題名で 原爆で災いを受けても運命を乗り越え未来を切り開いていく力強さを表現したものだそうです。(1970年の大阪万国博の「太陽の塔」と同じころに制作された岡本太郎の代表作)
私がぼんやりとその絵を見ていたのは1980年代のことでした…
当時メキシコシティーの住まいのすぐ近くにオテル・デ・メヒコという大きな建物がありました。 1968年のメキシコオリンピックのために建てられたホテルでしたが、資金が続かず、オリンピックに間に合わなかったどころかずっと放置され、最上階のレストランと地下のアートギャラリーと円形劇場だけが稼働していました。
そしてがらんとした広いエントランスから吹き抜けを見上げた位置にその絵はあったのです。その後建物はリノベーションされ今はガラス張りのモダンな世界貿易センターになっていますが、壁画は行方不明になってしまい、2003年に郊外の資材置き場で発見されるまで無残に放置されていたのです。 あの絵が行方不明と聞いて心配し、発見のニュースに驚き、日本に移送されて渋谷に設置されたときには 懐かしさと本当にあの絵かと確認したさに見に行きました。
当時も今も私は芸術のことはよく分からないし、さらに「芸術は爆発だ!」という意味もよく分かりませんが、この絵は 画面の外まで炸裂するような憤りを描いているように感じます。 そして「この絵は原爆という残酷な力が炸裂するのと同じくらいの強烈さで、人間の誇りの力が燃え上がっている。画面全体が哄笑していて悲劇に負けていない… その先にこそ『明日の神話』が生まれるのだ」という岡本太郎さんのメッセージを送っているのです。
しかし描かれてから半世紀も経ちますのに、この絵に上書きされているのは福島の原発事故やコロナウイルスのパンデミックです。
岡本太郎さんが「明日」と掲げた50年後の現状がこれでよいのかと、大いなる反省を胸に抱いてこの絵をもう一度見に行きたいと思います。
[ET]